虹の球根。

ある日、いつものように自転車で帰っていたら道端に
まるで球根のような不思議な形をした物体が落ちていた。
拾ってみると完全に球根だった。
何の球根かは分からなかったけれど、岡部くんも僕も、
分からないものには目がないので拾って帰って、
翌日、中学校の中庭の土に植えた。
そうそうこれは中学3年生の頃の話。

教室から見える中庭、2人でよく水や肥料をあげた。
何が出てくるのか、ひょっとしたらすごく珍しい植物で、
ものすごい何かが出てきそうな気がする。
虹色の花とかありうる。
それは一大事だ。しっかり育てよう。
岡山の田舎では中学校まで給食があるので、
給食の残りを埋めたり、牛乳をかけたり、
今思えばひどいけれど、カレーをかけたこともある。
でもひょっとしたら、と考えるとやめられなかったし、
途中からは、もはや強い信念を持ってやっていた。
絶対何かでてくるよ。
球根を植えて1ヶ月、まだ何も変化はない。

おんぼろ中学校で、
ちゃんと喧嘩やいじめもあって仲も良く、
それはとても素直で平和な日々だった。
喧嘩といえば、ゆうきとけんじ、
もりもとくんとけんじ、マッサとけんじ、春名先生とけんじ。
けんじはよく喧嘩をする双子の兄。
(弟のこうじは優しくて喧嘩とかしないけれど、
顔がまるで同じなので印象としては2人ともたまに喧嘩する)
ある昼休みのこと、
全校生徒が集まって給食を食べる広いスペースで、
パッリーン!と大きな音がしたあと消火器がプシュー!
けんじだ。けんじがまた喧嘩をしている。
あたりは消火器の粉で一瞬にして真っ白になって、
治まらないけんじがパリーンパリーンと牛乳瓶を投げて、
モテたがりの女子がキャーキャーと叫ぶので、
その場は少しパニックになってしまった。
騒然とした中、白い粉の中から岡部くんが目の前に登場した。
両手に蒟蒻ゼリーを持っていて、こっちを見たあとまた走り出す。
ピンときた。そう、給食はもう消火器の粉が入ってしまってダメになったけれど、
デザートの蒟蒻ゼリーは大丈夫。
僕たちは白い粉の中みんなの置き去りにしたゼリーをここぞとばかりに頂戴した。
そして持てるだけ持って外に出た。
それを中庭の球根の所に隠して、
岡部くんも僕も球根もお腹いっぱいになった。
ちょうどその頃かな、僕は受験勉強を始めた。
絶対何かでてくるよ。
球根を植えて数ヶ月、まだ何も変化はない。

受験勉強の間、球根のことは少し忘れて、
塾に通ったり、夢を考えたり、どんどんと硬くなった。
ある日、家に帰るとテレビにスズキアミが出ていて、
僕は一晩中アヒル口の練習をした。
その翌日、岡部くんは腕に墨を入れた。
-心と体が滅裂でリアルな4Dサウンド、
プラスティックな大人連中、恐怖の下り坂、
見えたのは白い骨!ビートゥギャザー!
摩擦摩擦摩擦摩擦摩擦!-
うんざりとした受験勉強、
僕たちはシャウトしてシャラップしてランランランと山に登る。
そしてそこから、そこから自分たちの街を見た。
ちょうど夕暮れの終わりかけた街の色があまりにも美しく、
夜になるまで立ったまま何も言わない。
1999年、世紀末。
とんでもない瞬間を、あまりにも小さく、
それでもがむしゃらにすごした。
絶対何かでてくるよ。
球根を植えて数ヶ月、まだ何も変化はない。

球根のことを思い出したのは、
卒業間際のことだ。
それぞれに進路を決め、男子は男子を極め、
女子の一部はもう大人になっている。
久しぶりに中庭のところにいくと、球根の土から芽が出ていた。
どちらが先に気がついたのかは覚えてないけれど、
僕たちは慌てて水をやって、カレーや牛乳の投入も再開した。
これはどんでもないものが出てきたぞと、
その日から卒業までほぼ毎日世話をした。

卒業式の後、春名先生が皆に向けてとてもいいことを言ったあと、
教室で写真を撮ったり、モテたがりの女子がしくしく泣いたりするあの時間に、
僕たちは中庭の球根のところに行った。
芽は少し大きくなったけれど虹色の花は咲いていないし、
ものすごい不思議な植物にもならなかった。
タイムアップ、お別れの時間だ。
最後の水やりをして、教室に戻った。
絶対何かでてくるよ。
球根を植えて数ヶ月、僕たちは中学校を卒業した。

卒業式を終え数週間、高校生になるまでの春休み、
毎日何をするわけでもなく、変わらず遊んでいると、
岡部くんが思い出したように言う。
「今日、球根見にいこう」
「ははん、そいつは名案だね」
自転車に乗り、久しぶりの学校に向かった。
ついこの間まで毎日通っていたのに妙になつかしく、
へんに大人びた空気を隠しつつ、なるべく普通に中庭のところまで歩いた。
そして次の瞬間、信じられない光景を目の当たりにする。
不思議な形をした物体にカレーや蒟蒻ゼリーをかけて、
見たこともない不思議な虹色の花を咲かせようとした僕たちの目に、
その光景はあまりにもシュールでそしてリアルで、
ついには嬉しくて、声をあげて震えた。
そして笑った。こみ上げてくる笑いだ。
「そうかそうか、そうだったんか」

しばらく笑ったあと、
僕たちはそれを根元から掘り起こし、
職員室に行き、担任の春名先生にあげた。
先生は少し驚いた様子でそれを見て、
「ありがとう」と言って笑った。
目が細いのでキツネみたいに笑う。
そして今度こそ僕たちは卒業して、
4月から立派な高校生になったんだ。

絶対何かでてくるよ。
球根を植えて数ヶ月、
咲いていたのはチューリップだった。

おわり

4 件のコメント:

しみず さんのコメント...

映画になりそうな話ざん。
ちょいと、ボサールの散歩史上一番良い日記ざん。
最終回にとっといたほうが良かったんでねいの。

国とかま さんのコメント...

アールーヌーボー様式?

bosarl さんのコメント...

しみず

わあ映画ねい。それいいかもねいん。
そんなに褒められるとは思いもよらねかったざん。
でも最終回よりは「0」とか「ZERO」にしたいざん。
いやそんなことより、ざんって何!
そんな語尾はじめて聞いたわ!
すごい雑魚キャラか、相当なてだれか。

bosarl さんのコメント...

国とかまさん

映画「だもい」
とんぐうりょう生誕30周年企画
といった所です。

脚本お願いします。