今日のはなし。

すっかり眠ってしまったが、丁度良く目覚めることができ、
私は腰を持ち上げ、次の駅で降りた。
黒い汽車はもくもくと煙をあげてシュポシュポーと上機嫌だが、
こりゃ更なる環境破壊だとそんなことはパンピーの私にも分かる。

薄い空と名残の木枝を見た感じ、四季で言えばおおよそ
今はもう春の先であろうと腕を捲くった。
じいさんの形見の腕時計は朝の八時のちょうどを指している。
但し私は時計を五分ばかり早めているもので、正確には八時前。
私は、そういった性格なのだ。
ズボンの左ポケットには駅に置いてあった時刻表と、メンソレータムのリップクリームが入っている。
右のポケットには、いや。
それについては今はまだ書かないでおこう。
この右のポケットの中身こそ、今回の旅の発端であるわけだ。

駅から少し行くと、大きな橋に繋がる。
下には川が流れていて、水が綺麗なのであろう、
魚が泳いでいるのが橋の上からでも見える。
川沿いの木影では河童が数匹、昼寝をしている。
数年前に大きな話題になったが、
何故か最近はめっきり見なくなった、日本河童じゃないか。
私は数年ぶりに見る日本河童に高揚し、橋の上から叫んだ。
「おーいおーい河童おーい」
寝ていた河童が目を覚ましこちらに手を振っている。
石の影からも何匹か出てきて、皆でこちらに手を振っている。
群れだ。これは相当な数の大所帯だ。
私はてっきり日本河童の群れとばかりと思っていたが、
米河童やスペイン河童も混ざっている事に気がついた。
ヒスパニック系の群れである。
米河童は腕が極端に太く、刺青をしているので簡単に見分けられる。
この群れの米河童は、腕にナイキの刺青がしてあるようだ。
ちなみに頭の皿が白く、人懐こくて腕が細いのが日本河童の特徴で、
それ以外がスペイン河童だ。

川原へ降り、たわむれたい気持ちをぐっと堪えてその橋をあとにした。

私には目的がある。
それをする為に今こうして自分の足を使い歩いているのだ。
そしてこの目的を達成でき さえすれば、私はきっと世界を変えられる。
そう思っているのは私だけである事は無論承知の上だが、
それでも私は私の足をこうしてまた前に出すのである。
都会人はそれを見て笑うだろう、
しかし私はあのカプセルには乗らないと決めてある。
戦前には当たり前にあった「歩く」という人間本来の動きを、
私は大切にしたいのだ。
その為の足であると、そう思うのだ。

もうすぐ小学生にでもなるのだろう。
半袖を着た子供が数人、けん玉をして遊んでいる。
さすが政府指定の文化保存地区というだけのことはある。
子供達は当たり前のように自らの足を使い、
声に出しては笑いあっているではないか。
私はますます嬉しくなって人差し指と中指を残し拳をにぎった。
誰も知らないであろうから説明しておくと
これはピースと呼ばれる拳の握り方で、嬉しい時にする行為である。
一昔前ならば殆どの人がこの指の動きのみで感情を表現できていたというから驚きだ。
私はこのことをを、じいさんのブログの中に見つけた。
街外れにある古びたインターネット倉庫でURLを見つけて以来、
私は毎日のように倉庫に通い、それを読んでいた。
そしてそこにある日常や文化に魅了されていく。
じいさんの生きた時代を私も生きてみたいと思った。

集落が近い。
私はこの集落の家具職人と再会し、尋ねたいことがあるのだ。


つづく
「じいさんの頃 第1話」
(※翌月更新)

2 件のコメント:

べあ さんのコメント...

右ポッケのなかみが
気になって気になってしょうがありません。
向こうの世界の左ポッケに手を入れている人と
握手できたりするのかな。?

bosarl さんのコメント...

べあさん

ははは、それはおもしろいポケットですね。
でもポケットの中身が誰かの手だったら最初は結構びっくりしますね。トラウマですね。

右ポケットはやっぱりまだひみつです。
月に1回全部で12回書いてみます。
どうなっていくんでしょうか。
見守っていただければ嬉しいです。